講演概要

第1部 13:00〜16:40

はじめに

「感染症研究国際ネットワーク構築へむけて〜序章としての5年間」
永井 美之 独立行政法人理化学研究所 感染症研究ネットワーク支援センター長

感染症には国境がない。いくつかの先進諸国が感染症の研究と対策のために国際的ネットワーク (NW) を築き、営々と運営してきたゆえんである。わが国も遅まきながら(2005年)、途上国にわが国の研究者が常駐する海外研究拠点の設置とそのNW化を軸とする「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」(文部科学省)を発足させ、2009年現在、8か国に12拠点を有するNWが成立した。これは恒久的NW構築への序章にしかすぎないが、大変意義深い事業として国内外から注目されている。5年間の苦楽をふりかえる。

来日特別講演(同時通訳)

「21世紀の新興感染症の脅威に備える:国際感染症ネットワーク連携の必要性」
ポール・ブレイ ラオスパスツール研究所長 アジア太平洋地域パスツールネットワーク地域コーディネーター

ここ10年間で「新興感染症(EID)」という言葉はお馴染みとなったが、しばしば誤解が伴っている。21世紀初頭において我々はSARSコロナウイルスや高病原性鳥インフルエンザH5N1、そして最近世界中に広がり国際的な流行をもたらしている新型インフルエンザA(H1N1)の出現を目の当たりにしてきた。近年このような現象が集中したため、これが新しいものであるという間違った印象を与えているが、歴史を振り返ってみると感染症は常に新たに出現し続け(ペスト、天然痘、コレラ、スペインかぜなど)、人類をその原始から常に悩ませ続けてきているのである。新興感染症の出現は、微生物が定常的に変異することで実現する生存戦略の持続した動的プロセスにおいて、時にそれが人類社会に「溢れ出てしまった」結果一時的あるいは持続的な疾病をもたらすものである。しかし、新興感染症が新しいものではないとはいえ、人為的な活動(森林破壊、農業や畜産業の拡大や改革など)が結果的に人類を感染症リザボア(症状なく病原体を保持している動物など)にどんどん近づけることになり、現在の発達した交通網がこの状況をさらに深刻に加速しているということは確かである。全世界レベルで新興感染症が生命に危険をもたらすという以外に、直接的影響(労働力が病気にかかることによる生産やサービスの減少)や間接的影響(消費や投資の減少)によって、世界経済に対して極めて深刻な影響を及ぼす。SARSの流行は典型的な事例であった。この病気による死者は世界全体で900人以下であったが、2003年から2004年にかけてのアジアにおける経済は3%縮小した。世界経済のグローバル化により、新興感染症は常にリアルな脅威である。特に日本や他の国は製造拠点を東南アジアに置いているが、この地域は新興感染症の“ホットスポット”としても知られる。従って新興感染症のリスクをビジネスプランの中に位置づけなければならない。

感染症研究のネットワーク、100年以上の歴史があるパスツール研究所海外ネットワークや、最近始まった日本の「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」は、国内の研究機関と共同して、疫学調査を強化し、研究と公衆衛生活動を通して新興感染症の伝播の軽減や治療法を決定する部分で、主要な役割を担うものである。

こういったネットワーク同士での連携の取り組みと、長期にわたり継続する研究と公衆衛生活動が、新興感染症への備えと、来たるべき新興感染症の種から地域を守るために必須である。

最新技術の感染症への応用

「未知の病原体を暴く―高速遺伝子解析による次世代診断技術の開発」
堀井 俊宏 大阪大学微生物病研究所 教授、 感染症国際研究センター長

感染症アウトブレークが起こった場合、病原体の同定は極めて重要である。しかし、病原体毎に異なる従来の検出技術では未知の病原体に対応できない。数時間で100 Mbp以上のDNA配列決定が可能な先端技術を用いて、我々は、患者検体から直接的に病原体の配列を解読し、病原体を同定する”RAPID”システムを開発した。RAPIDでは基本的にいかなる病原体であっても数日で同定が可能である。

「場所を選ばず全てのインフルエンザを診断する―画期的な診査方法の開発」
アレクサンダー・レジャバ  独立行政法人理化学研究所オミックス基盤研究領域上級研究員

SmartAmpは対象とする核酸領域を迅速かつ正確に検出する等温増幅技術である。最近では、この技術を用いて、季節性インフルエンザウイルスの識別に成功している。Exciton色素を結合させたプライマーを用いることで、リアルタイムモニタリングによる検出も可能になる。本法は、高度な設備のある研究所や病院から、発展途上国などの設備が整っていない研究所まで幅広い場所で利用できると期待される。

海外感染症最前線からの報告

「ベトナムに蔓延する結核を知る―今、アジアで、何が起きているか?」
慶長 直人  国立国際医療センター 研究所 呼吸器疾患研究部長

結核は、世界人口の3分の1、日本でも約2800万人という、圧倒的な感染者数を有する国境なき感染症である。アジア、アフリカを中心に、200万人近い人々が、毎年、命を落としている。結核は、排菌者の咳やしぶきを介して感染するが、体の抵抗力が強ければ、発病せずに生涯を全うできる謎の多い病気である。風説、偏見を排し、結核の諸問題に科学的な根拠を与えるため、私たちがベトナム拠点で続けた地道な調査研究活動を紹介する。

「急性下痢症:開発途上国の人々の生命を脅かす感染症―インド・コルカタ の実態調査」
竹田 美文  岡山大学大学院医歯薬学研究科・特任教授  岡山大学インド感染症共同研究センター・センター長

WHOの2004年の推計によると、感染症による世界の年間死亡者数は2800万人である。そのうち下痢症による死亡者は、呼吸器感染症(396万人)、HIV/AIDS(277万人)についで3位にランクされていて180万人である。しかし、こうした推計の基礎になるデータは必ずしも正確であるとはいえない。私たちは、西ベンガル州立感染症病院(コルカタ)において、入院患者を対象にした原因菌の積極的動向調査を行った。その結果から、世界の下痢症の実態を考察する。

「鳥インフルエンザの流行地インドネシアの実態」
新矢 恭子  神戸大学大学院医学研究科 人獣共通感染症学分野 准教授

20世紀に出現した新型ウイルスは、人社会で流行していた季節性インフルエンザウイルスの遺伝子の一部が、鳥由来ウイルスの遺伝子と入れ替わったことで発生した。インドネシアでは、現在も鳥インフルエンザウイルスが蔓延しているため、私達は、鳥インフルエンザウイルスと季節性インフルエンザウイルスの蔓延状況を調査している。息をするのもままならないほど濛々と粉塵が立ち込める生鳥マーケット、目を疑うほどの簡素な設備しか設置されていない病院に、所狭しとばかりに列をなす患者。インドネシアの現状を交えて共同研究活動を紹介する。

「鳥インフルエンザに対して、ベトナムで進む診断・治療戦略体制」
工藤 宏一郎  国立国際医療センター 国際疾病センター長

ベトナムで発生しているヒトH5N1の疫学的特長・病態・重症性の違いなどを分析した。ベトナムに限らず、一般にアジアでの致死率は非常に高い。急速に重症化しやすいこと、治療法が未確立なこと、発病初期の臨床的対応が不十分であることなどが挙げられる。
これらに対応すべく、我々のベトナムと共同研究を行っている診断・治療方法を説明し、経験している症例を提示する。

「フィリピン 新型インフルエンザを見据えた重症肺炎への挑戦」
押谷 仁  東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 教授

フィリピンの地方では、肺炎として入院した子供の約10%が亡くなっており、依然として肺炎が小児の死亡原因の上位に挙げられている。この現状を改善すべく、マニラから飛行機で1時間南下したレイテ島・タクロバンにある病院において重症肺炎プロジェクトを開始した。そのような最中、新型インフルエンザがレイテ島でも発生し、地域流行が確認された。地域保健省の要請のもと、我々は地域の新型インフルエンザ対策に乗り出した。

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第2部 新型インフルエンザ第一波を総括 17:00〜19:00

問題提起(1)

「新型インフルエンザ」
河岡 義裕  東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 教授 感染症国際研究センター長

今年、新型インフルエンザがメキシコで現れ、瞬く間に世界中に広がった。この新型インフルエンザの病原性は一見通常の季節性インフルエンザと変わらないように見えるが、実際にはそうではない。このウイルスは、季節性のインフルエンザよりも肺で良く増殖するため、季節性のインフルエンザよりもウイルス性肺炎を引き起こしやすい。また、このウイルスには、これまでにわかっている病原性を増強するような変異が認められていない。従って、そのような変異を持つウイルスが現れるとより強い病原性を示すウイルスに変異する可能性がある。今後、このウイルスがどのように変異していくのかは予測できないが、注意深く観察する必要がある。本シンポジウムでは、新型インフルエンザウイルスがどのようなメカニズムで出現したのか、どのような性質のインフルエンザウイルスなのかについて紹介したい。

問題提起(2)

「新型インフルエンザ - メキシコ調査報告」
工藤 宏一郎  国立国際医療センター 国際疾病センター長

パネル・ディスカッション

  • 押谷 仁
    東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 教授
  • 田代 眞人
    国立感染症研究所 インフルエンザウイルス研究センター長
  • 川名 明彦
    防衛医科大学校 内科学2(感染症・呼吸器)教授
  • 河岡 義裕
    東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 教授 感染症国際研究センター長

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